++ Dark Erotica ++ 【ダークエロティカ】

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今夜、あなたの猫になる【18】

今夜、あなたの猫になる

 眠ってしまおうと考えていたのに、何故か目が冴えてしまっていた。
 ガラスの檻でごろごろしていた大貴は、はあっと溜息をつき、サイドテーブルに置いておいた雑誌を取り上げた。
 コンビニには置いていない高級感ある経済雑誌だったが、ぱらぱらとページをめくっていると、その記事はすぐに見つかった。
 今、注目の若手社長──そんな見出しがついたインタビュー特集の中に、見開きで四ページ分、写真と共に談話が載っている。
 文章を読む前に、大貴の目は、写真に吸い寄せられていた。
 本に囲まれた重厚な書斎の中で、エレガントな椅子に座っている男が、あの謎めいたアルカイックスマイルを浮かべている。
 ファッション雑誌では見られない、理知的な美しいポートレイトに、思わず溜息が出そうになった。

(……見た目はイイんだよ、見た目は)

 一瞬恍惚となった自分をごまかした大貴は、粗探しをしようと、写真を睨みつけた。

「──て言うか、カッコつけすぎ。変態なトコ隠して、猫被ってんだろ」

 この欠点などまるで無さそうな美丈夫が、どれだけいやらしい事をしたのか、知っているのは自分だけなのだ。
 下ネタにはほど遠い、インテリジェンスな言葉を語る唇や、優雅に組み合わされた指先が、何を囁き、何をしたのか──。
 思い出すと急に気分が高揚し、奇妙な陶酔が生まれた。

(……や、やばい)

 飽きずに写真を眺め続けていると、急にアノ感覚が湧き上がってくる。
 エロ本やAVにお世話になっていた時と同じ、欲情の予感──大貴は慌てて、色気の無い記事に、全神経を集中させた。
 庄領千晴の略歴を見ると、東京大学建築科卒業後、ハーバード大学大学院建築科卒業とある。

(──……超エリートじゃねーかよ)

 偏差値の格差も凄まじいが、将来の目標も見つからないまま、ネームバリューだけを求めて私立大学に入った自分とは明らかに違う。
 敗北感に打ちのめされながら、大貴は記事を読み進めていった。
 そこには、都市計画や環境マネジメントの提言、そして日本の古い町並みの美しさに対する感想など、幅広い意見が載せられていた。



──三十三歳という若さで、『庄領ハウジング』の社長というのは、ご苦労が絶えないと思いますが、そんな庄領社長は、休日をどのように過ごされているのですか?

『社長と言っても、今はまだ、グループ会社の末端でしかありません。
 私自身、駆け出しですから。
 しかしながら付き合いは非常に多いので、休日は接待ゴルフに駆り出されることが多いですよ。
 時間がある時は、できるだけ自宅で過ごすようにしています。
 とは言え、ほとんど残業ですね』

──ご趣味は?

『趣味と言えるようなものは、ほとんどありません。
 せいぜい、人並みに本を読んだり、音楽を聴いたり。
 強いて言うなら、時間を作って、電車を乗り歩くのが趣味みたいなものでしょうか』 

──電車がお好きなんですか?

『電車そのものと言うよりは、窓から見える風景であったり、そこに乗っている人たちを観察するのが好きなんです。
 生活に根付いているでしょう?
 会社帰りの疲れたサラリーマンが、どういう家に帰って、ビールを飲むんだろうとか、そういう事を考えていると、時々面白いアイデアが閃きます。
 個人的な移動はほとんど車ですから、時間を作って乗りに行くわけです。
 先日はラッシュに巻き込まれてうんざりしましたが、それも良い経験です』



 うつ伏せになって記事を読んでいた大貴は、頬杖をついて溜息をもらした。

(つまり……俺と会ったあの日も、あいつにとっての『趣味』の時間だったって事だよなあ)

 確かに、今思い出してみると、庄領のような男が、ラッシュ時の地下鉄に乗っているのは不自然だった。
 物好きだとは思うが、わざわざ満員電車に乗りに来たのだとすれば、あの浮世離れした雰囲気も理解できる。

(それにしても……見事に猫被ってるよな)

 文章から、営業向きの柔らかい声が聞こえてくるような気がした。
 謙虚な態度の裏に、傲慢でエロティックな顔が潜んでいるとは、誰も思わないだろう。
 そして当たり前だが、ゲイであるとは一言も書かれていない。
 庄領の写真に目を戻した大貴は、はあっと溜息をついた。
 突発的な欲情は鎮まっていたが、言葉で言い表せない感情が、胸の奥でぐるぐる渦巻いている。

(──変なヤツだよな。忙しいのに……俺なんか構って)

 ただのゲームだと言うならなおさら、時間を割くにふさわしい相手を選べば良い。
 庄領に比べれば、自分は未熟で考え無しのお子様でしかなかった。
 雑誌の上に顎を乗せ、大貴がもう一度嘆息をもらした時、ガラス部屋のドアが開き、銀のトレーを持った嶺村が入ってきた。

「──やだなあ、大ちゃん。そんな切なそうな顔しちゃって。
 寂しいだろうけど、千晴はしばらく、ここには来られないよ」
「全然切なくありませんから、ご心配なく」

 慌てて顔を上げた大貴は、雑誌を急いで閉じて、枕辺に押しやった。
 しかし最後の言葉が気にかかり、さりげなさを装って嶺村に訊ねた。

「しばらく来られないって、庄領さん、お忙しいんですか?
 これを読んだら、確かに大変そうだとは思いますけど」
「うん。ここに来る時間調整するの、結構大変だったらしくてね」

 さらりと答えた嶺村は、無意識に顔を曇らせた大貴に、明るい声で話しかけた。

「それはそうと、君の新しい『求愛者』が来たよ」
「──えっ?」

 愕然として大貴が顔を上げると、嶺村はシャンパングラスをサイドテーブルに置き、一枚の名刺を差し出した。

「これは、彼からのご挨拶。
 千晴の事が気に入らないなら、もう放っておいてもいいから。
 これからは、あっちの彼の事を考えてあげてね」

 嶺村に促され、はっと特等席を振り返った大貴は、そこに庄領ではない別の男が座っていることに気づいた。

「彼の名前は、那波瑛吾(ななみえいご)。個人投資家だそうだよ。
 ゲストなんだけど、信頼できる筋の推薦があるからゲームにも参加してもらった。
 最高価格であの椅子を競り落としたから、今日から彼が君の『求愛者』だ」

 耳元で囁く嶺村の声は、いつになく嬉しそうに弾んでいる。
 その言葉に不審を感じて、大貴は眉をひそめた。

「──競り?」
「参加希望者が多い時は、あの椅子に座る権利がオークションにかけられるんだ。
 今回のような事はあまり起こらないんだよ。
 大手柄だったね、大ちゃん」

 くすくすと笑った嶺村は、困惑している大貴の頭をポンポンと軽く叩き、ガラス部屋から出ていった。
 新たな『七日間の求愛』が始まった事を知り、大貴は複雑な想いに駆られた。
 何故か、全然嬉しくない。
 見捨てられたような、裏切られたような気分にさえなった。

(……ただのゲームじゃないか。
 あの那波さんだって、あいつよりずっといい人かもしれないし。
 そもそも俺は、男には興味無いんだ。
 合コンで可愛い彼女見つけて、全部忘れればいい)

 頭の中で自分にそう言い聞かせ、大貴はちらりと雑誌に目を向けた。
 断ち切ると決めたはずなのに、心が残る──そんな自分が、いっそ恨めしい。

(とにかく、嫌な相手なら追っ払えばいい。
 男とデートなんて、もうゴメンだ)

 嘆息をもらした大貴は、庄領の時と同じように、一番高いシャンパンをボトルで注文した。
 それが、ゲーム開始の合図だった。



 新しい『求愛者』となった那波瑛吾は、庄領とは全く雰囲気を異にする男だった。
 だが、変わり者という点では、負けていない。
『七日間の求愛』が始まったその時から、男はベッドでふて寝している大貴に近づき、堂々とカメラのレンズを向けた。
 それも、ケータイや掌サイズのデジカメではなく、真っ黒なボディのデジタル一眼レフカメラなのだ。
 ぎょっとする大貴の顔にもシャッターを切りつつ、男はガラス部屋のあらゆる角度から、『猫』の写真を撮り続けていた。

(……何なんだよ、あいつは?)

 不愉快な気分になり、大貴は枕に顔を埋めた。
 確かに、倶楽部『ファロス』では、『猫』の写真撮影は許可されている。
 他のメンバーも、新しい『猫』が来ると、記念撮影していくらしいのだ。
 ネット上などで画像投稿を行わない限り、那波の行為はルール違反にならないのだが、これほどあからさまに写真を撮られるのは、やはり気分が悪かった。

 枕の隙間から那波を睨むと、男は能面のような無表情で大貴を凝視している。
 長い前髪が、ひさしのように目元を覆い隠しているため、はっきりと顔立ちは判らない。
 だが、まだ倶楽部に入会していないゲストであるため、見慣れない顔だということはすぐに判別できた。
 背は高いのだが、庄領よりも細身で、手足が異常に長く見える。
 さらに、スーツからシャツまで黒一色に統一された服装をしているせいで、男の陰気な雰囲気が増していた。
 ガラス越しに見ると、顔から下が、黒い絵の具で塗りつぶされているようにさえ見える。
 ところが、大貴の視線を感じ取ったのか、男は突然、色の濃いサングラスで目元を覆ってしまった。

(いったい、あいつと何を話せって言うんだ?)

 特等席に戻った那波が、カバンから取り出したノートパソコンをテーブルに置く姿を見て、大貴は唖然とした。
 まるで会社に出勤して、今から仕事をしようという姿にも見える。
 彼は本当に『猫』に興味があるのか──それすらも疑ってしまうような態度だった。

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今夜、あなたの猫になる【17】

今夜、あなたの猫になる

 25メートルプールで、二時間ほど流して泳いだ後、高めの温度に設定されたリラクゼーションプールへと移動する。
 ジャグジーやマッサージベッドを備えたそのスペースには、日曜日ということもあって、多くの会員が集まっていた。
 広々としたジャグジーに入ろうとすると、そこにいた遼真が、先に大貴を見つけて片手を挙げた。

「──よお、大貴。元気にしてっか?」

 無視するわけにもいかず、大貴がその隣に身を落ち着けると、遼真はテンション高く話しかけてきた。

「なあ、合コンやろうぜ、合コン。
 こないだ声かけた子が、大学の友達集めてくれるってよ。
 結構レベル高かったんだぜ」
「ホント……好きだねえ、お前も」

 半ば呆れつつ、明るいプールの天井を仰いだ大貴は溜息をついた。
 自分は大変な目に遭ったというのに、能天気に騒げる遼真がつくづく羨ましくなってくる。
 しかし不意に庄領の顔を思い出し、大貴は両目を眇めた。

「……行ってやろうじゃないか、その合コン」
「──マジでぇ?」

 大貴が真面目に取り合うとは思っていなかったのか、遼真が素っ頓狂な声を上げた。

「どーゆう心境の変化なわけ? アレルギー、大丈夫なのか、お前?」

「自分から誘っといて、聞くなよ、バカ。
 アレルギーは、薬飲んでくから大丈夫だよ」

 そう。自分はもともとノンケで、女子が好きなのだ。
 厄介な『女子アレルギー』があるからといって、安易に男と付き合おうなどと考えるのは、やはり邪道すぎる。

(とにかく……さっさと彼女作って、あいつとはサヨナラだ。それで片が付く)

 若気の至りは、一度きりでいい。
 男同士のセックスにちょっと興味があって、一度だけ遊んでみたけど、やっぱりダメだった──ただ、それだけの事だ。
 リラックスするはずのジャグジーの中で、大貴が眉間に皺を寄せて考え込んでいると、茫洋とした声で遼真が言った。

「──なあ、腹減ってねえか、大貴?
 おごってやるから、ラーメン食いに行こうぜ」

 その声ではっと我に返った大貴は、悩みなど無さそうに笑っている遼真を見つめ、「おう」とうなずいた。
 その時、二人のやり取りを聞いていたのか、遼真とは反対側にいた男が、くすくすと笑い出した。

「仲が良いんだねえ、君たち。大学生?」

 大貴が振り向くと、そこに、以前シャワールームでぶつかった男がいた。

「……ええ、まあ。中学からの腐れ縁なんですけど」

 大貴が答えると、途端に遼真が文句を言い出した。

「腐れ縁って、酷くねーか?
 俺とお前は、共に切磋琢磨した仲で、仲良く一緒に浪人生活も送ったじゃないか。
 マンガにもあるだろ? 男の友情は、大事なモンなんだぞ」

 遼真は大らかに笑いながら、真っ黒に日焼けした長い腕を伸ばして、大貴の肩をがっしりと抱き寄せた。

「触んな、バカ。お前は友情より、合コンだろーが」
「それとこれとは、別の話ってことで」

 あっけらかんと笑う遼真の腕を押しやると、大貴はおかしそうに笑っている男に謝った。

「すみません、騒々しくて」
「いや、楽しそうでいいよ。
 何だか、昔を思い出すなあと思って、君たちを見てたんだ」

 男はそう言うと、「じゃあ、お先に」と二人に断って、ジャグジーから出て行った。
 すると、その男の背中を見送っていた遼真が、急に真顔になって大貴に聞いた。

「──で、誰よ、あれ?」
「さあ、知らないけど。
 ジムの常連さんじゃないのか? こないだも会ったし」

 大貴が答えると、遼真は「ふーん」と呟き、少し困惑しているような表情を浮かべた。

「まあ、いっか。俺らも出ようぜ。マジ、腹減った」

 肩をすくめた遼真は、すぐにいつもの明るい笑顔に戻っていた。



 大盛りラーメンに餃子3皿、さらに大盛りライスを平らげている遼真を眺めていた大貴は、思わず感心してしまった。

「……相変わらず、よく食うな、お前」

 確かに自分も泳いだ後だが、遼真と同じ量は、とても食べられそうにない。

「餃子……半分、食っていいぞ」

 いつもなら、餃子一皿くらいはラーメンと一緒に完食するのだが、精神的なショックもあってか、今日はあまり食が進まなかった。

「──んじゃ、ありがたく。でも、お前、何かあったの?
 こんだけしか食べないって、少食過ぎんだろ」

 そう心配しつつも、遠慮する気は無いのか、遼真は残った餃子の皿を手元に引き寄せた。

「別に……大した事じゃないけどさ」

 テーブルに肘をついて嘆息をもらした大貴は、旺盛な食欲を見せる遼真をじっと眺めた。
 髪は脱色されて金髪になっているが、黒々と日焼けした肌にはよく似合う。
 野性的な顔立ちで、体格も良い──遼真は、真夏の海がよく似合う男だった。
 それに比べて庄領は、真っ暗な夜の海のように謎めいていて、底知れない。
 浅瀬だと思って踏み込んだら、一気に足を取られて、深淵に引きずり込まれてしまいそうな危うさがあった。

「……なあ、遼真。例えばさ。
 俺がもし、お前に『キスしたい』って言い出したら、お前、どうする?」

 深い意図も無く大貴が問いかけると、ラーメンを勢いよくすすっていた遼真が突然むせた。
 激しく咳き込み、胸元を拳で叩いた後で、「はあ?」と涙目になりながら聞き返してくる。

「──だから、もしもの話だって」

 まじまじと見つめられると、さすがに気まずい。
 視線を揺らした大貴は、言い訳するように小声で呟いた。

「もし、女と完全に付き合えなくなったら……って考えててさ。
 お前なら、試しにキスさせてくれるかなーとか思って」

 すると、遼真は眉間に深い皺を寄せて、ラーメンのスープをじっと睨みつけた。
 その瞳に、もの凄い葛藤が浮かんでいるのを見て、大貴は苦笑した。

「……ちょっと、考えさせてくれ」

 珍しく真剣に悩んでいるような遼真の顔を見返し、大貴は慌ててフォローした。

「いや、ホントに冗談だから。そんなに、気にすんな」

 遼真が悩むのも無理はない、と思う。
 同性からキスを迫られて、すぐにOKを出せる男はいない。
 気持ち悪いと感じるのがノーマルな反応なのだから、いかに「チャラ男」な遼真でも、とっさに考え込んでしまうだろう。

(それなのに、俺は……)

 庄領のキスに反応して、感じてしまった。
 雰囲気に流されたにしても、男としては情けない反応だろう。

(……あー、やめやめ。思い出すな、俺)

 無意識に頭を振った大貴は、箸が完全に止まっている遼真に、話題を変えて話しかけた。

「──それより、遼真。合コン、いつやるんだ?」



 翌、月曜日。
 二日ぶりに倶楽部『ファロス』のドアをくぐった大貴は、ぼんやりした気分を引きずりながらバーに向かった。
 大学の講義に出ていても、今日は全く集中できず、教授の話を上の空で聞いていた。
考えないようにしていても、何故か庄領と過ごした時間を思い出してしまい、講義中に突然大声を上げてしまったりした。

「──何事かね、君?」

 講義を中断された教授は唖然としていたし、静かだった教室にはどっと笑いが広がった。
 突っ立っていた大貴は、茹で蛸のように赤くなって、教授に平謝りするしかなかった。

(……このままじゃ、マズイ)

 そうして、大貴は思いを新たにしたのだ。
 バーカウンターには、タロットカードを広げている嶺村の姿があった。

「おかえり、大ちゃん。千晴とのデート、どうだった?」

 にこにこ微笑む嶺村の顔を見て、大貴はまた暗鬱な溜息をついた。

「……デートじゃないです。あれも一応、仕事ですから」

 素っ気なく答えながらスツールに腰掛けると、嶺村はグラスに入った水をテーブルに置き、大貴の顔をのぞき込んだ。

「楽しくなかったの?」
「楽しくないってわけじゃないですけど──。
 それより、何をやってるんですか?」

 ことさら憮然とした声になっていた大貴は、首を傾げる嶺村を見返し、話題をすり替えた。

「大ちゃんと千晴の恋愛が、上手くいくかどうかって占ってたとこ」
「何言ってんですか! 恋愛じゃないですよ!」

 大貴が顔を真っ赤にして噛みつくと、嶺村は悪戯っぽい流し目を向けながら、一枚のカードを指先に閃かせた。

「未来は明るいよ。『世界』が出ているからねえ。
 まあ、そこに行きつくまでには、いろいろ葛藤がありそうだけど……」

 唖然としつつも、大貴はその意味を問うた。

「『世界』って何ですか?」
「完成とか成就とか。この流れでいくと、ハッピーエンドってことになるかなあ」

 それを聞いて思わず眩暈を感じ、大貴は「あり得ない」と頭を振った。
 すると、嶺村はくすくす笑いながら、衣裳が入った紙袋をテーブルに置いた。

「まあ、でも、仕事は頑張ろうね。
 千晴とのゲームは終わったけど、次の候補者が続々と控えているんだよ。
 大ちゃん、一気に人気が出たからね」

 その言葉に何故かショックを感じていると、嶺村が一冊の雑誌を紙袋に放り込んだ。

「そうそう、これ、千晴の記事が出てるから、読んでご覧。
 あいつがメディアに出るの、もの凄く珍しいんだよ」

 嶺村の言葉も耳に入らず、大貴はしばらく茫然としていた。

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今夜、あなたの猫になる【16】

今夜、あなたの猫になる

「──とにかく、人の生活に口出しすんな。
 これはこれで、快適な生活なんだから」

 びしっと男らしく口止めし、大貴は常々狭苦しいと感じていたキッチンに入った。
 アンズの事を思い出し、ホテルから大急ぎで帰ってきたため、昨夜から何も食べていないのだ。
 家に帰ったら安心したせいか、急に胃袋が空腹を訴え始めた。

「あーあ。何にもねーな。
 冷凍チャーハンしか無いけど、あんたも食うか?」

 冷蔵庫の中をあさり、買い置きしていた冷凍食品を見つけ出した大貴は、なおも部屋の様子を観察している庄領に声をかけた。
 その途端、男は驚いたように振り向き、大貴の顔をまじまじと凝視した。
 聞こえなかったのかと思い、大貴は冷凍チャーハンの袋を振って見せた。

「だから、チャーハン食う?
 あんたも腹減ってるんじゃないのかよ?」

「アンズが待ってるから、早く帰りたい」と散々せっついたため、朝食──もしくは昼食を取っていなのは、庄領も同じだった。

「──ありがたくいただこう」

 珍しいことに、男はどことなく困惑しているような、神妙な顔つきでそう答えた。
 不思議なものを見るような目つきで見られると、何やらくすぐったい気分になる。
 電子レンジで二袋分の冷凍チャーハンを温めながら、適当な取り皿やスプーンを探していると、目を離した隙に、アンズが庄領の傍に近づいていた。
 ふと気づいた時には、顎の下を撫でられてグルグルと喉を鳴らしながら、アンズは男の膝の上によじ上っていた。

「──アンズ! あんまり、そいつに近寄るな。妊娠させられるぞ」

 人見知りをしないアンズにヒヤヒヤしながら、大貴が声を上げると、庄領はくくっと笑った。

「酷い言いぐさだ。さすがに、獣姦の趣味はないぞ」
「ツッコミはそっちかよ!」

 思わずずっこけそうになりながら、大貴がローテーブルの上に皿を並べると、庄領が艶然と微笑んだ。

「突っ込むなら、大貴の中がいい。
 口でも尻でも、君の好きな方を選べばいいが」
「──……あのさ。黙っててくれる?
 隣の人に聞かれたら、俺、ここにいられなくなるから」

 顔をひきつらせた大貴は、怒る気力も失せ、深々と溜息をついた。
 さすがは嶺村の友人──下ネタ好きなところも、似た者同士というわけだ。
 ところがアンズは、庄領の膝の上が気に入ったのか、丸くなって寝てしまう。
 満足げに喉を鳴らしているところを見ると、本当に気持ちいいのだろう。
 一人娘を取られた寂しい父親の気分を味わいながら、電子レンジから熱々の皿を取り出した大貴は、少々乱暴にスプーンを押しつけた。

「ほら、食え! 味の保証はしないけどな。
 文句があるなら、食品会社に言ってくれ」
「……『食え』と言われても、このままでは動けないんだが」

 アンズが膝を占領してしまったため、身動きが取れないらしい。
 その気になれば、小さな猫など簡単に振り払うことができるのだが、そうしないところに、大貴はほんの少し好感を抱いた。

「ああ、もう……めんどくせーな。
 ほら! アンズの上にこぼすなよ」

 ほんのりと温まった心から目をそらし、大貴は偉そうな態度で、チャーハンを取り分けた皿を押しつけた。
 すると庄領は律儀に「ありがとう」と礼を言い、柔和な表情で微笑んだ。
 育ちの良さというのは、こういう所に現れるのかもしれない──傲慢なだけでは無いのだと感じ取り、庄領の株がほんのちょっとだけ上がる。

「──で、どうよ?」

 ぶっきらぼうな口調で大貴が問うと、優雅な所作でチャーハンを口に運んでいた庄領が、訝しげに聞き返した。

「『どう』とは?」
「チャーハンの味に決まってんだろ」

 思わず憮然とすると、男は「ああ」と一言呟いて、考えるように視線だけを天井に向けた。

「……冷凍食品のチャーハンだな」
「考えてそれかよ? 他に感想とか無いわけ?」
「何か、いろいろもの足りない」

 美食家のひどく曖昧な感想に、少しだけ上がっていたはずの株がまた急落する。

「せっかく作ってやったんだから、少しは美味いとか言えないのかよ」

 ぶつぶつと不満をこぼしつつも、山盛りになったチャーハンはあっという間に減っていく。
 やはり、空腹は最高の調味料なのだった。

「作ったと言っても、レンジで温めただけだろう」
「皿に盛ったのは俺なんだから、一手間加わってるんだよ。不味いなら、食うな」

 大貴がフンとそっぽ向くと、綺麗に最後まで食べ終えた男がくすりと笑った。

「不味いとは言ってない」

 空になった皿を受け取った大貴は、そのまま無言で、残りのチャーハンを口の中に掻きこんだ。
 その間、庄領はアンズの頭や背中を撫でながら、穏やかにくつろいでいる。
 嫌がる様子のない一人娘の姿に、何やら複雑な心境を味わいながら、大貴は食べ終わった食器をキッチンへと運んだ。
 その後、手早く、大ざっぱに食器を片付けた大貴は、暢気に猫と戯れている庄領に声をかけた。

「──ところで、あんた、いつまでここにいる気?
 帰らなくていいのかよ?」
「帰れと言われなかったからな」
「じゃあ、もう帰れ。俺は疲れたから、寝る。
 あんたに散々やられたせいで、腰も痛いんだ」

 最後の言葉は、やや恨み節になってしまう。
 とはいえ、空腹が満たされたからなのか、急激に疲労と眠気が押し寄せてきているのは事実だった。
 バタバタしていたせいで気に留めていなかったが、下半身に鈍い痛みが広がっているし、口にするのも恥ずかしい場所が、熱を持ったようにジクジクと疼いていた。
 シャワーを浴びた後、庄領がそこに炎症止めのクリームを塗ってくれたが、その時の状況たるや、顔から火が出るほど恥ずかしいものだった。

 すると、飼い主の少し荒っぽい語気に気づいたアンズが、ぴょいと庄領の膝から軽やかに飛び降りた。
 大貴の足許に躰をこすりつける姿は、まるで「機嫌を直せ」と言っているようでもある。
 大貴がアンズを抱き上げると、庄領はベッドから立ち上がった。
 そして、狭い部屋の中で擦れ違い様、足を止めて名前を呼んだ。

「──大貴」

 反射的に顔を上げた途端、軽く肩を引かれ、その勢いでクローゼットの壁まで押し流されていた。

「……ぅんんッ……ふぅっ……」

 首を捻られ、真横を向くような形でキスをされた大貴は、口の中を舐られる快感にきつく眉根を寄せた。
 アンズを抱いたまま唇を奪われると、男を押しのけることすらできなかった。

「ごちそうさま。君のチャーハン、美味しかったよ」

 チュッと音を立てて唇を吸われると、顔が一気に赤くなる。
 全く油断しきっていた突然のキスに、言葉も出なかった。
 そんな大貴の顔を、笑いながら見つめていた庄領は、最後に耳元で囁いた。

「おやすみ、大貴。私との約束を忘れるなよ」

 玄関のドアが閉まり、庄領がいなくなっても、しばらくは彼の気配が部屋の中に漂っているように感じた。
 口づけられた時の残り香が、いつまでも大貴の周りにつきまとう。
 腕の中からアンズが飛び降りた事にも気づかないまま、大貴はしばらく茫然と立ち尽くしていた。



 翌朝、ザラザラした舌で寝顔を舐められ、爆睡していた大貴は目を覚ました。
 朝食を催促する愛猫の顔を見ているうちに、意識がはっきりする。
 昨日は夕方に一度起きた後、朦朧としたままアンズに餌をやり、夕食にカップ麺を食べて、その後また昏々と眠り続けていたのだ。
 散々眠ったお陰で疲労は抜けていたが、精神的なショックは、後から遅れてやって来た。

「──……ヤバい。マジでヤバいだろ、俺!」

 朝のコーヒーを飲んで、いつもの日常に戻った途端、大貴は半分パニックに陥っていた。
 何が何だか判らないうちに、庄領とヤってしまったのだ。
 泥酔していたなら、まだ言い訳もできるが、意識はしっかりしていた。
 それにも関わらず、妙な雰囲気に押し流されて、あんな事になったのだ。
 その上、あの男を家の中にまで招き入れて、飯まで食わせてやるとは──!?

(……っていうか、何やってんだよ?
 仕返しするんじゃなかったのか?)

 冷静で理性的なもう一人の自分が、落ち込んでいる自分をチクチクと責め立てる。

(いや、ほら……そのつもりだったんだけど、流れで、そうなっちゃったって感じ?)
(何言ってんだよ! 相手は男だぞ。簡単に流されんなよ。
 だいたい、庄領を嫌ってたんじゃねーのかよ?
 あっさり許してんじゃねーよ!)

 頭の中での言い合いは、理性的で男らしい自分に軍配が上がった。
 こてんぱんに打ち負かされた大貴は、頭を抱え込んで溜息をつくしかなかった。
 男におかまを掘られたのは、実際に起きてしまった事だし、これはもう事故だと思っておくしかない。
 むしろ、長い人生の中の、貴重な経験の一つだと考えよう。
 だが問題なのは、その後の行動──本来は屈辱的な行為の後で、どうしてその相手と、いがみ合いもせず、和気藹々と過ごしてしまったのか。

(……とにかく、相手が庄領じゃなきゃ、俺はまだ納得できる。あいつだけはマズい)

 アレルギーの薬を飲んで、無理にでも「女」と付き合うか、それとも、他に気の合う「男」を見つけるか。
 庄領と次に約束した日までには、何としてでも別の相手を見つけて、あの男との関係を断ち切らなければ──。
 大貴はそう決心し、それ以上考えるのを止めた。

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今夜、あなたの猫になる【15】《R-18》

今夜、あなたの猫になる

 うつ伏せになって、枕に顔を埋めていた大貴は、そろそろと片手を臀部へ伸ばした。
 ごくっと唾を飲み込み、思い切って肛門に触れる。
 感覚が薄くなっているそこは、まだ男の太い楔が挟まっているのかと錯覚するほど痺れてしまっている。
 だが幸い、我慢できないほどの痛みは無く、裂けている様子も無かった。

 その時、寝室のドアが開き、バスローブ姿の庄領が入ってきた。
 シャワーを浴びた直後なのか、ふわりと漂う湯気とともに、清涼なシャンプーの香りが流れ込んでくる。

「……まだ、もの足りなかったのか?」

 情欲の消えた静かな声でそう言った庄領は、硬直してしまった大貴の傍に腰を下ろした。

「──ちっ……違うから! これはっ…その……」

 自分で尻を弄っている姿を目撃され、その凄まじい恥ずかしさに、大貴は赤面した。
 すると庄領はくすりと微笑み、情交の名残が色濃く滲む後孔に指先を這わせた。

「ぅあっ……あっ……」

 ほとんど抵抗なく、ぬるりと吸い込まれた指の感触に、大貴はきつく眉根を寄せた。
 庄領の指が蠢くたびに、内部に残った粘液が掻き乱され、グチュグチュと淫らな水音を立てる。

「も、もう、止めてくれ……痺れてて、気持ち悪いから……」

 体力を消耗しているせいか、文句を言う声にも力が出なかった。

「君の姿を見たら、また欲情してきた。だが、あまり無理はさせないでおこうか」

 庄領の言葉にぎくりとし、すぐにほっとする。
 ところが、まだ内部に沈んでいる指が、その一点を刺激した瞬間、感電したように腰が跳ねた。

「……ひうぅッ!」

 声が裏返り、躰に震えが走る。
 萎えきっていた自身の尖端にまで、電流が通り抜けたように感じた。

「大貴……次の週末も、私と共に過ごすと約束してくれないか?」

 穏やかな声でそう問いかけながらも、庄領の指先は大貴の弱点のすぐ傍にあった。

「──お、脅すのかよ?」

 内心で激しく狼狽えながら、大貴がきつい眼差しを向けると、庄領はミステリアスな微笑を浮かべた。

「そういう訳ではないが、約束してもらえなければ、私は不安で、我慢できなくなる。
 君を帰したくなくなるかもしれない。
 私は我が儘だと言っただろう?
 本当はすぐにでも、ここで……君ともう一度交わりたい」

 恥知らずにも、庄領は埋め込んでいた指を卑猥に出し入れし、明け方の交合を思い出させようとした。

「やっ…やめてくれっ……わ、判った…からッ!」

 痺れていてさほど感じなくなっていたが、じわじわと妖しい感覚が広がるのを感じて、大貴は叫んでいた。
 今は白旗を上げるしかない。
 抵抗すれば、本当に何をされるか判らなかった。
 そして結局、言いなりになってしまうのは目に見えている。
 すると庄領は、大貴の推測を裏付けるように、いかにも残念そうに溜息をついた。
 そして、まだあまり力が入らない大貴を仰向けにすると、その上にのしかかってきた。

「……ちょ、ちょっと待て! 止めるんじゃないのかよ!」

 大貴が慌てて声を上げると、庄領は不敵な微笑を浮かべながら、そっと囁いた。

「心配するな──キスだけだ」

 その言葉通り、大貴の唇は奪われた。
 深く重なった唇が結ばれ、あっという間に歯列の関門が破られる。
 侵入を許した大貴は、絡みつく舌の蠢きに翻弄され、息を喘がせていた。

「……んううっ…うっ……」

 抗うように男の肩を押し退けようとすると、両手を掴まれ、ベッドに磔にされる。
 互いの指を絡め合いながら、唇を貪られていると、頭の芯が朦朧となってゆく。
 ぴちゃぴちゃと鳴る水音が、ひどく生々しく響いた。

「また……元気になったな」

 不意に、庄領の手が下腹に滑り、大貴のペニスを優しく愛撫した。
 まだ勃起する精力が残っていたことに驚きつつ、キスに反応してしまったことに大貴は顔を赤らめたが、顔を背けようとすると、顎を押さえられた。

「私もだ。ほら……握ってごらん」

 導かれた先には、硬く昂ぶった雄がすっかり鎌首をもたげている。
 驚いて目を瞠ると、庄領は黒瞳を細めながら溜息をつき、大貴の唇にキスを落とした。
 再び互いの舌を絡め合わせながら、夢中になって相手のペニスをしごく。
 異様な高揚に煽られながら、大貴は男の喘ぐような荒い息づかいを感じていた。
 憎らしいはずなのに、たまらなく興奮する。
 そして、同じように喘ぎながら、自分もまた絶頂へと駆け上っていった。



「──アンズ! ごめん! 大丈夫だったか?」

 空腹を訴えるようにニャアニャア鳴きながら、足許にすり寄ってきた愛猫を、大貴は腕の中に抱き上げて、何度も何度も謝った。

「ごめんな~、アンズ。お腹空いたよな~」

 何はともあれ、餌をやらなければ──。
 靴を脱ぎ散らかして、大貴はバタバタと慌ただしく部屋の中に駆け込んだ。
 餌を催促するアンズにキャットフードを与えると、ようやく安心して、ほっと溜息をつく。
 気がついたら、正午を回っていたのだ。
 性欲に溺れ、爛れた時間にどっぷりと浸かっている間に、可愛い一人娘は、お腹を空かせて、ひとりぼっちで待っていたのだ。

「アンズ、ホントにごめんな。俺を許してくれ」

 ガツガツと、飢えたようにフードに食らいついているアンズの傍にしゃがみ込み、大貴はさらに許しを請うた。
 その時、背後で呆れたような声が響いた。

「換気をした方がいい。窓を開けたらどうだ?」

 完全に素に戻っていた大貴は、あまりにも場違いに見える男の姿に呆気に取られた。

「……あんた、まだいたの?」

 玄関ドアに寄りかかり、大貴の様子を見つめていた庄領は、その薄情な言葉を聞いて片眉をつり上げた。
 アンズに気を取られ、すっかり存在を忘れていたが、大貴をアパートまで送り届けてくれたのは、他ならぬ庄領だった。

「あー、もう。めんどくせーな。
 気になるなら、自分で開けてくれ。
 俺は今、非常に忙しい」

 ここで一番重要なのは、可愛い一人娘の世話をしてやることで、男の機嫌を取ることではない。
 そもそも、こんなに遅い朝帰りをする羽目になったのは、精力絶倫な男に離してもらえなかったからだ。
 アンズのことを忘れていた自分も悪いが、朝っぱらからさかる庄領が一番悪い。
 ところが、元凶となった男は、遠慮もせずにさっさと部屋の中に上がり込み、道路に面した窓を大きく開けはなった。
 玄関と窓が開放されると、部屋にこもっていた熱気や臭気が風に流されていく。
 マメに猫トイレを掃除しているとはいえ、蒸し暑くなると、やはり多少は臭うのだ。
 
 ところが、ユニットバスに置いた猫トイレを片付けに行った大貴は、いつもより部屋の中が臭い理由を悟った。
 普段は綺麗にトイレを使うアンズが、今日は何故か、コロコロの糞をトイレの外に飛び散らせている。

「やっぱり、寂しかったんだよな~」

 心から申し訳ないと思い、大貴が愛猫の排泄物をせっせと片付けていると、それを見ていた庄領が呟いた。

「……ただの嫌がらせじゃないのか?」
「アンズは、あんたみたいに、性格悪く無いから!」

 大貴はそう断言すると、毛づくろいを始めたアンズの傍にしゃがみ込み、両手を合わせて謝った。

「ごめんな、アンズ。今日から、ちゃんと早く帰ってくるから、許してくれ!」

 ところがそれを聞きつけ、庄領が溜息をつく。

「私との約束を忘れるなよ」
「……忘れてないけど、朝帰りはしない。
 文句あるなら、約束は全部無し!」

 立ち上がった大貴は、開けっ放しになっていた玄関を閉めに行った。

「そっちも網戸閉めて。アンズが逃げちゃうから」

 庄領にそう言いつけた大貴は、振り返った途端、部屋の狭さをしみじみと実感した。
 大の男が二人もいると、ワンルームは息苦しくなるような窮屈さだった。

「それにしても、安普請なアパートだな。
 壁も薄いし、声が筒抜けになりそうだ」

 網戸を閉めた庄領が、壁を軽く叩きながら、呆れたように呟く。

「……筒抜けになるなら、そういう事、言わないでくれる?
 大家さん、近くに住んでるんだけど」

 すると、一通り部屋の中を眺め回した庄領は、座り心地を確かめるようにベッドを叩き、椅子代わりにして腰を下ろした。

「引っ越す気は無いのか?
 この狭さでは、恋人を呼ぶこともできなかっただろう?」
「あんたから見れば、どんな家でも狭いんじゃねーのかよ。
 それに学生なんて、みんなこんなモンだろ」

 負け惜しみを口にしたが、図星を指された大貴はそっぽ向いた。
 その言葉通り、優衣をこの部屋に呼んだことは一度もない。
 彼女の部屋の方が広かったこともあり、いつもそちらへ通っていたのだ。

「セキュリティも全く無いようだし、一階の一人暮らしは危険だぞ」

 優雅に足を組んだ男が、窓の外に批判的な視線を向ける。

「男の家を襲うヤツがいるかよ」

 庄領が建築関係の仕事をしていたのだと思い出し、大貴は溜息をついた。

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今夜、あなたの猫になる【14】《R-18》

今夜、あなたの猫になる

「ふふっ……お前は熱いな」

 鍛え上げられた筋肉質の胸や腹に飛び散った精液を、指先にすくった庄領は、ハアハアと息を喘がせる大貴の前で、それを舐め取った。

「……やめろ……頭、おかしいんじゃないのか?」

 初心な童貞の頃のような気恥ずかしさを感じ、大貴は罵った。
 男は口の端をつり上げると、もう一度白濁を絡みつけ、その指先を大貴の唇に押しつけた。

「口を開けろ。お前が出したモノだ」

 その淫猥な命令に狼狽した大貴は、羞恥で全身が熱くなるのを感じたが、挑むような眼差しで口を開いた。
 ねっとりとした白精を舌先に感じると、思わず眉根を寄せてしまう。
 だが、敏感な上顎を指の腹でなぞられた瞬間、再び大貴のペニスは勃起した。

「……んんっ…うふぅ…ッ……ううっ……」

 口の中を犯される快感と、昂ぶった雄を刺激される快感が体内で乱れ、呆気なく欲情をぶちまけてしまう。
 情けないことに、庄領の剛直はまだ一度も達することなく、ドクドクと熱い脈動を伝えてきていた。
 ぐたったりとしていると、庄領が体勢を入れ替え、大貴をベッドに組み敷いた。
 抵抗しようにも、脱力して腰に力が入らず、どうしようもなかった。

「大貴……私を試してみろ。お前も、もっと気持ちよくなりたいだろう?」

 堂々とした男の躰に付着した白濁が、妖しくぬらりと光りながら伝い落ちてゆく。
 淫靡なその様にぞくりとして、大貴は赤らめた顔を背けた。

「……ちくしょぅ……もう、勝手にしろよ!」

 恥ずかしすぎて、まともに目を合わせることすらできない。
 視線から逃れるように躰をよじると、庄領が背後から大貴を抱きすくめた。

「私はお前を抱きたい。何もしなくていいが、逃げるなよ」

 耳朶に唇が押しつけられ、釘を刺される。
 いつから「君」が「お前」に変わっていたのか判らなかったが、その声に猛々しい雄の獣欲を感じ、大貴は息を止めていた。

(……毒を食らわば……皿までって言うけど!)

 庄領の躰が背中に押しつけられた途端、ぬるりとした感触が肌の上を滑り、大貴はぎゅっと瞼を閉ざしていた。
 ここまで恥ずかしい目に遭ったのだから、男を試してみるのも人生経験だと、大貴は必死で自分に言い聞かせた。
 庄領が言っていた通り、嫌だったら、止めればいいのだ。
 だが、全身を愛撫され、丹念に口付けられると、その官能の深さに怖じ気づいた。
 別れた彼女と抱き合っていた時は、理性が侵蝕されるような不安は感じなかったのだ。
 うつ伏せにされたまま、剥き出しになった双臀を割り開かれると、さすがに緊張が走る。

「……やっ…やめてくれっ……やっぱ、無理ッ! 無理だからッ!!」

 以前、嶺村から借りたAVを観ていたため、男同士がどうやって躰を繋げるのかは理解している。
 だが、庄領の太く長い肉棒が、自分の尻の穴に侵入するのだと思った途端、全身から血の気が引いた。

「逃げるなと言ったはずだ。
 アナルセックスは始めてなんだろう?
 力を抜いていないと、肛門が裂けるぞ」

 露骨な脅しに震え上がった大貴は、萎えかけた前方を扱かれると、双丘を震わせた。
 先走りのぬめりを人差し指に絡めた庄領は、ヒクヒクと収縮する後孔に指先を押し当て、つぷりと内部に押し込んでゆく。

「うああっ……指、入れるな…ッ!」

「大げさだな。まだ半分だけだ」

 くくっと嘲笑うように喉を鳴らし、庄領は侵入させた指を小刻みに揺らしながら、大貴のペニスを同時に嬲った。

「ああっ……はっ……あううぅ…ッ──動かさないで……」

 呼吸するようにヒクつく秘蕾を指で穿った庄領は、根元まで沈めてしまうと、精液と汗でぬらつく大貴の背中に舌を這わ始めた。

「はあっ…あっ……んっ…ううっ……」

 節ばった長い指をあらぬ場所に感じながら、大貴は快感がざわざわと広がってゆくのを止められなかった。
 いつの間にか指は二本に増やされ、緩やかに抜き挿ししながら後蕾が開かれる。
 前後する律動だけでなく、左右に開かれ、円を描くようにえぐられると、大貴はシーツを掻きむしりながら呻いた。

「そそる顔だ。お前をむちゃくちゃにしたい」

 欲情に濡れた声で囁かれると、大貴はびくんと震え、髪を振り乱していた。
 どのくらい弄られていたのか判らなかったが、刺激に緩んだ肛門から危うい疼きが滲み出し、ペニスを触れられなくとも快感が弾ける。
 時間をかけて蕩かされた秘蕾に左右の親指がめり込み、わずかに綻んだ小さな口に庄領の舌が差し入れられると、大貴は腰を跳ね上げ、ひきつれた叫びを上げていた。

「…ひああっ……や、やめろっ……そんなとこ……舐めるな…ぁっ……」

 尻を突き出した格好のまま、排泄器官でしかない場所を舐められる恥辱──驚愕と嫌悪、そして紛れもない快感が入り混ざり、大貴は惑乱した。
 腰を左右に揺すり、庄領の舌から逃げようとしたが、押さえ込まれ、そのまま爛れた快感に翻弄され続けた。

「ああっ…はあぁっ……んっ……」

 敏感な粘膜を舌先で刺激されると、拒絶の悲鳴が、艶めいた喘ぎに変わった。
 指でえぐられ、その隙間に舌が深々とねじ込まれると、ペニスの先からダラダラと先走りが溢れ、快感をごまかせなくなる。
 わずかに口を開いた後蕾に潤滑ローションがたっぷりと注ぎ込まれ、長い指で掻き乱されると、いつしか双臀を高々と突き上げ、自らの手で昂ぶった屹立を慰めていた大貴は、刺激の一つ一つに反応しながら、絶頂を極めていた。

「……はぅ……ああぁっ……アアァッ!」

 がくがくと総身を痙攣させ、三度目となる白精を放った大貴は、どっぷりと甘美な愉悦に浸りながら息を喘がせていた。
 塗れ光るほどに汗ばみ、艶やかに色づいた大貴の躰に、庄領は自身の肉体を重ねると、いきりたった剛直を、柔らかく蕩けた後孔に押し当てた。
 ぬめる切っ先がわずかにもぐり込むと、虚脱していた大貴は愕然として振り返り、切羽詰まった叫びを上げた。

「……む、無理だっ……でかくすぎて…裂けるっ!」

 じわじわと貫かれ始めると、大貴は喉を反り返らせて悲鳴を放った。

「ヒイイッ…ひぐぅぅっ……や、止めっ……」
「くっ……さすがに、きついな。思い切り息むんだ、大貴」

 苦しげな庄領の言葉に、大貴はシーツにしがみついたまま頭を振った。
 すると庄領の手が、快楽を与えるように大貴のペニスを優しく愛撫し、苦痛から意識をそらさせる。
 ふっと力が抜けた瞬間、二人はさらに深くまで繋がっていた。

「……馴染むまで、しばらくこのままでいよう」

 大貴の耳元で喘ぐような溜息をついた庄領は、脂汗でぬらつく褐色の躰を撫で回し、熱っぽく囁いた。
 躰の芯を穿たれていた大貴は、苦痛と快感の狭間で呻きながら、ドクドクと脈動する庄領の剛直を咥え込んでいることに放心していた。

(あんなにでかいのが……俺の中に入ってる)

 限界まで引き延ばされた後肛がヒクつくと、庄領の大きさや硬さ、その熱を嫌というほど感じさせられた。

「大貴……お前の中は熱くて、溶けてしまいそうだ」

 官能的な声で囁かれると、背筋に甘い電流が走る。

「うあぁっ……庄領…さんっ……まだっ……動くなっ」

 緩やかに揺すられると、火花のように痛みと快感が弾け、大貴はシーツを掻きむしった。

「千晴だ……私の名前を、呼んでごらん」

 ペニスを扱かれながら揺さぶられると、大貴はいやいやするように髪を振り乱した。

「……いやっ…だっ……俺は……ッ」
「こんなにしっかり繋がっているのに、今さら嫌はないだろう?」

 くすくすと笑いながら、庄領はゆっくりと腰を退くと、ことさら時間をかけて、奥深くまで男根を埋め込んだ。

「うぅっ……や、やめてくれっ……千晴…さんッ」

 存在を知らしめるような動きに悲鳴し、大貴が名前を叫ぶと、庄領は沈黙したまま、ゆっくりとした抽送を繰り返した。

「ひいいっ……あっ、ああっ……千晴…ッ」

 必死で首をねじり、大貴は許しを請うように名前を呼んだ。
 その苦悶の表情の中に淫らな艶が浮かび上がると、庄領は凄みのある笑みを浮かべた。

「──そう、それでいい」

 ひどく優しい、残酷な響きの声で囁き、庄領はぐっと上体を屈すると、大貴の顔を引き寄せてキスを落とした。
 抑制された律動で、大貴の快感を鮮やかに引き出しながら、男は少しずつスムーズになってゆく交合を楽しんでいるようだった。
 やがて、庄領の欲望が弾け、灼熱の奔流が敏感になった粘膜を叩くと、初めての肛悦に翻弄された大貴は、発情した獣のようによがり狂った。

「……くああぁっ…あっ、ああっ──またっ……腹の中に……は、入ってくる…ッ」

 ほとんど同時に自分も射精し、歓を極める。
 力強い腕に抱き締められた大貴は、魔性の愉楽に呑み込まれるまま、いまだ鎮まらぬ庄領の欲望におののき、身を震わせていた。



 気がついた時、ベッドの隣に庄領の姿は無かった。
 全身に襲いかかる、鉛を詰め込まれたような躰のだるさに呻きながら、大貴は寝返りを打とうとした。

「……うあぁっ!」

 その途端、臀部に走った違和感に、大貴は思わず上擦った声を上げてしまった。
 何度、射精したか判らない。
 どれほどの時間、庄領と繋がっていたのかも覚えていない。
 途中からあられもない嬌声を上げ続け、男の動きに合わせて腰を振っていた。
 嶺村からもらったAVよりも浅ましい、自分とは思えないような淫らなよがり声で、散々恥ずかしい言葉を言わされていた。

──とにかく、骨の髄までしゃぶりつくされるような、そんな恐ろしいセックスをしてしまったのだ。

「……ちくしょう……嘘だろ?」

 フラッシュバックする卑猥な光景に思わず呻いていたが、その声もかすれきっていた。

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今夜、あなたの猫になる【13】《R-18》

今夜、あなたの猫になる

 訳の判らない興奮に包まれながら、大貴はハイボール入りのグラスを庄領に差し出した。
 ウィスキー・オン・ザ・ロックをダブルで注文していた男は、もう一度嘆息をもらし、応じるように軽くグラスを合わせる。

「……『サマ』は余計だ。千晴でいい」

 物憂げな黒瞳が、不意に恐ろしいほどの艶をはらんで底光りする。
 その眼差しにドキリとした大貴は、軽薄な笑みを顔に貼り付けたまま、言い返した。

「あんたを呼び捨てにすると、ヤバイ気がする。
 ますます距離感が無くなりそうで……」
「──どうして? 怖いのか?」

 そう言って微笑んだ男の色気に当てられ、大貴は思わず身を引きそうになった。
 近くにいた女たちが息を飲む気配を、まざまざと感じる。

「べ、別に怖い訳じゃない。
 ただ、俺はノンケだから、『ファロス』のメンバーとは、あんまり関わりたくない」

 その本音の裏では、このままずるずると、禁断の園に引きずりこまれてしまいそうな不安を感じているのだ。
 しかし、それについては触れず、大貴は何気ない素振りで周囲を見回した。
 バーのあちこちから注目を浴びているせいか、どうにも居心地が悪い。
 男同士のカップルのために、何故、倶楽部『ファロス』が創られたのか──その理由が、何となく判るような気がした。

 ところが庄領は、周りから送られてくる秋波には気づかない様子で、じっと大貴の顔を見つめている。
 その目つきはどう見ても、年の離れた部下や後輩に向ける健全なものではなかった。

「ところで、君はアレルギーと言っていたが、何のアレルギーなんだ?」

 深追いされずに大貴はほっとしたが、その問いに答えるのは何やら気恥ずかしかった。

「……笑うなよ。『女子アレルギー』ってやつなんだ」

 憮然としながら答えると、庄領は訝しげに片眉をつり上げた。
「何だ、それは?」と言わんばかりの表情に、大貴は仕方なく経緯を語った。
 原因となった元カノの事も、何故かあまり抵抗無く話していた。

「……なるほど。それで『女子アレルギー』か。なかなか大変のようだな」
「だろ? この若さでそんなのになったら、この先どうすんだって感じで。
『ファロス』でバイト始めたのも、あそこが男限定な場所だったからで、別にその気があったわけじゃねーし」

 公共の場であることに少々遠慮して、大貴はできるだけ曖昧な表現で喋っていた。
 ところが庄領は、端整な唇をつり上げると、誘惑するような妖しげな眼差しを向けてきた。

「試してみようとは思わないのか?
 男を相手に、自分がどこまでできるか」
「そーゆー事を言わないでくれます?」

 頬を紅潮させ、大貴が視線をそらすと、庄領は微笑んだままグラスを揺らした。
 氷がカランと小さく鳴り、その響きに惹かれるように手元をちらりと一瞥すると、男の長い指先が視界に入った。
 その手が自分に何をしたのか──思い出した途端、大貴はざわりと血が騒ぐのを感じ、慌ててグラスの中のアルコールを一気にあおった。

「だが、女性がダメなら、仕方がないだろう?
 試してみて男もダメなら、諦めるしかないが」
「そりゃ、そーですけどねー」

 ほとんど投げやりに呟いた大貴は、急に猛烈な睡魔に襲われ、瞬きを繰り返した。
 引きずり込まれるような酩酊感に、頭の芯がくらりとぶれ、全身から力が抜けてゆく。
 次第に重い頭を自力で支えられなくなり、庄領の肩にことんと寄りかかった大貴は、呂律の回らない声で呟いた。

「……オレ…らっれ…なやんれんらよ。
 ──あんらには……わかんねぇ……らろーけろ…よ」
「──大貴?」

 耳元で響く低い声にうっとりとして、目を瞑った大貴は、ふうっと長い溜息を吐き出した。

「……オレらっれなぁ……えっち……しらいよ。
 あらりめーじゃん……わかいんらから……」

 何を口走っているのか、自分でも良く判らないまま、頭がどんどん睡魔に侵蝕されてゆく。
 ずるりとスツールから滑り落ちそうになった途端、力強い腕が頽れる躰を抱き留めた。

「やれやれ……世話の焼ける『猫』だ」

 ぐったりとなった躰を支えてくれる腕に身を任せていた大貴は、溜息混じりの呟きを聞いていた。

「──すまないが、部屋を取ってくれないか?」
「かしこまりました」

 バーのスタッフと交わす男の声を最後に、大貴の意識はぷつんと途切れてしまった。



 背中を包み込むような温もりが、心地よい安堵をもたらす。
 肌寒さを感じる空気の中で、大貴は無意識に、その温もりへとすり寄っていた。
 ふっと首筋にかかった吐息をくすぐったく感じたが、眠りを破られることはなかった。
 だが、腋の下から、するりと胸元に回された手が、小さな乳首を優しく弄り始めると、淫靡な熱が躰の奥で揺らめいた。

「……ぅ、うう…んっ……」

 耳や首筋に触れる濡れた刺激が、はっきりと感じられるようになる頃には、大貴の意識は覚醒に導かれていた。
 のろのろと瞼を開けながら、仰向けに寝返りを打とうとしたが、重石を乗せられたように躰が動かなかった。

「──おはよう、大貴」

 ダイレクトに鼓膜を直撃する甘い美声。
 ぞくりと鳥肌が立った瞬間、大貴ははっとして、くつくつと笑いながら見下ろす庄領の顔を見つめていた。

「……な、なっ、なっ…何でっ!?」

 激しく動揺し、一瞬パニックに陥る。
 あり得ないシチュエーションだった。
 自分も庄領も真っ裸で、抱き合うようにして、同じベッドに寝ている。
 昨夜の記憶が全く無かった。
 もっと正確に言えば、ホテルのバーに入ったところまでは覚えているのだが、そこから先の記憶がすっぽりと欠落している。

「まっ……まっ…まさかっ……!!」

 泥酔してしまった自分は、隣にいるギリシャ彫刻のような男にお持ち帰りされ、あえなくいただかれてしまったと言うことだろうか?
 ところが、ベッドに肘を突いて、大貴の狼狽える様を見つめていた庄領は、ひどく切なげな顔で溜息をついた。
 その表情に何故か罪悪感を覚え、大貴は硬直した。

「心配するな。酔っぱらいを襲ったりはしない。
 突然君がバーで寝入ってしまったから、仕方なくホテルの部屋に運んだだけだ」
「──ホッ……ホテル…ッ?」

 がばと上半身を起こした大貴は、きょろきょろと部屋の中を見回した。
 豪華で広々とした寝室は、確かに自分の狭いアパートではない。
 重厚なカーテンが閉め切られ、フットランプの明かりだけしか灯っていないが、高級感漂う雰囲気は十分過ぎるほど感じ取れた。

「君と行ったバーが入っているホテルだ」

 事も無げに答えた庄領を茫然と見返し、大貴はもう一度、部屋の中を見回した。
 バーが入っていたホテルは、最近になって建てられたばかりの世界ブランドな高級ホテルだった。
 一見するとホテルとは判らないような広い寝室は、どこぞの豪邸のようにも思える。
 安く泊まれるような部屋でないことは、一目瞭然だった。
 パニックが治まると、じわじわと安堵が押し寄せてきた。
 ほっとしながら、ふと露わになっている股間を見下ろすと、最近では珍しく、元気良く朝勃ちしている姿が目に入った。

「元気じゃないか。少なくとも、EDじゃないな」

 羞恥に顔を赤らめた大貴に、庄領はからかうような口調で囁くと、するりと長い腕を伸ばして自己主張する屹立に触れた。

「バっ…バカっ……触るなよ!」

 男の手を振り払おうとしたが、竿を扱かれた瞬間、力が抜けた。

「『EDじゃない』とか、『えっちしたい』とか……いろいろ寝言を言っていたぞ」

 庄領がくすくすと笑い出すと、醜態をさらした恥ずかしさで真っ赤になった大貴は、体勢の利を生かして、男の躰にのしかかっていた。

「──あんただって……勃ってるじゃねえか」

 仕返しをするように、庄領の男根をつかんだ大貴は、掌の中の太く、逞しい雄がビクと脈動するのを感じた。

「当たり前だ。一晩中、焦らされ続けたからな」

 快楽を求める悩ましい吐息をもらし、庄領は濡れたように黒々と光る双瞳を細めた。
 その顔がいやに色っぽく見え、大貴は急に心臓の鼓動が速まるのを感じた。

「大貴……お前の手で、イカせてくれ」

 直情的で卑猥な誘惑は、大貴の欲情にも火を付けた。
 だが、男相手では全くの未経験──戸惑いが羞恥を刺激し、大貴はそのまま動けずに固まってしまった。

「私がやってやろうか?」

 悪戯っぽく笑い、庄領が手を差し伸べる。
 瞬く間にリードを奪い返されていた大貴は、二本のペニスを擦り合わせるようにして扱かれると、すぐに腰を揺らめかせた。

「……ふあっ…あっ……うっ、ううっ……」

 庄領の上に跨ったまま、昂ぶった欲望を扱かれる感覚は、ひどく倒錯的な快感を生み出してゆく。
 男を犯しているようにも思え、逆に征服されているようでもあった。
 手の動きに合わせるように腰を振ると、その反応を愉しむように、庄領が妖しく微笑んだ。

「いい顔をする。私も煽られそうだ」
「……バカ……言うな…っ……ああぅ…っ!」

 息が乱れ、あっという間に限界が訪れる。
 仰け反るようにして達した大貴は、腰骨にまで響く射精の陶酔に恍惚となった。

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今夜、あなたの猫になる【12】

今夜、あなたの猫になる

 大邸宅の駐車場に置かれた何台もの高級外車や、立派な門構えにいちいち大げさに驚きながら、大貴はおのぼりさんよろしく、きょろきょろしながら歩いていた。
 そうするうちに、庭木に囲まれたレトロな洋館にたどり着き、あんぐりと口を開けた。

「──ここ……ですか?」

 近代的というよりは、大正ロマン風な建物ではあるが、普通に人が住んでいる家にも見える。

「自宅を改装してあるんだ。
 と言っても名前は無くて、我々は『矢萩屋(やはぎや)』と呼んでいるがね」

 洋風な雰囲気に似つかわしくない、蕎麦屋のような名前だと思いながらエントランスに入ると、真っ白なシェフ姿の男がにこやかに出迎えた。

「千晴様、お待ちしておりました」

 親しい友人を招き入れるような笑顔で、シェフは大貴にも向き直った。

「はじめまして。我が家へようこそ。オーナーシェフの矢萩(やはぎ)と申します」

 驚きつつも、何とか挨拶を返した大貴は、どうしてこのレストランに名前が無いのか、何となく察しをつけた。
 退職したサラリーマンが、趣味で始めたレストラン──おそらく、そういう店なのだろう。
 テーブルに案内された大貴は、外観から想像していたよりも、明るくカジュアルな雰囲気にほっとした。
 椅子は籐でできており、テーブルもシンプルな物が置かれている。
 サンルームを改装したという部屋からは、ライトアップされた美しいイングリッシュ・ガーデンを見渡すことができた。
 だが、店内には他に客がおらず、そもそもテーブルが一つしか置かれていない。
 まるで、個人的な来客をもてなすような、家庭的な雰囲気だった。

「……何か、ちょっと驚きました。
 こういう所だって、思わなかったから」

 大貴がぼそりと呟くと、庄領は心の中を見透かすような黒瞳を細めた。

「どうして、そう思う?」

 穏やかに聞き返され、戸惑った大貴は、しどろもどろになりながら答えた。

「何というか……庄領さんは、有名な三つ星レストランとかに通ってそうな感じだったんで。
 まさか、こういう家庭的な場所を選ぶとは、想像できなかったというか──」

 すると庄領はくすりと微笑み、アンティークの食器棚やピアノが置かれた店内に視線を向けた。

「矢萩は、もともと本家の料理長をしていた男だ。
 私の好みをよく知っているし、そこらのレストランに比べればずっと信用できるから、安心して任せられる。
 独立したいと言い出した時、祖父は泣く泣く彼を手放したが、お陰で私も、気楽にここを利用できるようになった」

 庄領の言葉を黙って聞いていた大貴は、思わず顔を引きつらせそうになった。

(──……本家に……料理長?)

 それはどんな家なんだと、心の中で突っ込んでしまう。

「だが、君は三つ星レストランの方が良かったかな?
 次は、君の行きたい店を予約しよう」

 悪戯っぽく微笑んだ庄領を見返し、大貴は慌てて首を横に振った。

「そういうわけじゃありません。
 ただ単に……何か、意外だなあと……」

 この会話の中で、はっきり「次は無い」と言い出せず、そんな自分が少し情けない。
 男の眼差しから逃れるように、大貴は視線を美しい庭に向けた。

「ここは、私にとっては憩いの場所だ。
 仕事柄、有名なレストランや料亭に行くことも多いが、落ち着ける場所というのは滅多にない」

 会話の邪魔にならない、心地良いBGMが流れる中で、庄領の声は驚くほど柔らかく、豊かに響いた。
 気がつくと、その秀麗な顔の上に視線を戻していた大貴に、男は切れ長の双眸を細めて笑って見せた。

「我が儘なんだよ、私は。
 だから、足を運ぶ店も自然に限られてくる。
 ただ一流と言われるサービスを求めているわけじゃない。
 だが、矢萩なら、私の声や足音を聞いただけで、味付けや量を変えてくれる。
 元気な時と疲れている時では、食べたい物も変わるだろう?」
「……ええ、まあ」

 そもそも、そんな贅沢を言える身分でもないため、大貴の答えは曖昧になった。
 せいぜい、牛丼やラーメンで「大盛り」を頼むくらいが、一般庶民に許されたささやかな贅沢だろう。
 結局、庄領が求めているのは、一流以上の、最高級の「おもてなし」というわけなのだ。
 三つ星レストランの常連だと吹聴しているような輩とは、最初から格が違う。

(……金持ちの御曹司、か。確かになあ)

 嶺村の言葉を思い出し、つくづく納得していた大貴は、それでもこのアットホームな空間の快適さを実感していた。
「矢萩屋」はメニューの無いレストランだったが、「シェフお任せ」で饗される料理はどれもこれも本当に美味で、食欲旺盛な大学生でも満足できる量だった。
 さらに、料理が出されるタイミングが絶妙で、ワインを注ぐソムリエの立ち振る舞いも、空気のように自然なのだ。
 そんな居心地の良い空間が、緊張や警戒心を和らげたのか、いつしか大貴はすっかりくつろいでしまい、満たされた気持ちになっていた。
 何よりも、庄領が別人のように紳士的で優しく、嫌味の一つも言ってこない。

「……でも、何だかもったいないですね。
 庄領さんなら、俺なんかより、綺麗な女の人とここに来た方が似合います」

 料理にぴったりのワインのお陰で口の滑りが良くなっていた大貴は、メインディッシュの特大和牛ステーキを切り分けながら、そんな事を言っていた。
 ワイングラスをテーブルに置いた庄領は、一心不乱に肉を口に運んでいる大貴を見つめ、謎めいた微笑を浮かべた。

「ここには滅多に人を連れて来ない。
 自分一人の秘密基地のようなものだから。
 矢萩屋があまり有名になってしまうと、私自身が困るんだ。
 基本的に予約客専用の店だからな」

 蕩けるように柔らかい牛肉に、束の間恍惚となっていた大貴は、それでも何故か答えをはぐらかされたように感じた。

「──じゃあ、何で俺を……ここへ?」

 口の中の肉を飲み込み、思い切ってそう聞き返すと、庄領はゆったりとくつろぎながら、怜悧な眼差しを庭園へと向けた。

「……さあ、何故だろうな。
 ただ、君を連れて来るなら、ここにしようと思っていた。
 君が好きなものや、嫌いなもの……そういう事さえ、私はまだ知らない。
 それでも君を喜ばせようとすれば、矢萩の力を借りるのが確実だった。
 食に関しては、彼は間違いなくプロフェッショナルだ」

 視線を戻した庄領に見つめられると、大貴は急に居心地の悪さを感じて、椅子の上でもじもじした。
 お互いに喧嘩腰の方が、言いたい事を遠慮無く言い合えるような気がする。
 こんな快適な空気に包み込まれ、優しい言葉をかけられると、復讐に燃えていたはずの心が、おかしな風にドキドキし始めた。

(……の、飲み過ぎたのか、俺?)

 そんな事は無い、と思う。
 今夜はワインを飲むよりも、目の前に並ぶ料理に夢中になっていたのだ。
 その後、庄領は大貴に様々な質問を投げかけ、それに答えているうちに、胸の動悸は少しずつ鎮まっていった。



 矢萩屋を出た二人が次に向かった先は、東京屈指の高層ホテルに入っているお洒落なバーだった。
「次はどこに行きたい?」と問うた庄領に、大貴は思いつきで答えていたのだが、よくよく考えてみると、そこは別れた彼女が「行ってみたい」と言っていたバーだった。
 会社の同僚の間で話題になっているとか何とか──。
 それを思い出した時、大貴は複雑な気持ちになった。

 高層階に入っているそのバーは満席となっていたが、さほど待たされることなく席に案内された。
 やはりOLに人気があるのか、客層のほとんどが女性グループで、他は若いビジネスマンやカップルらしき人が多い。
 きらびやかな夜景を望む窓際の席に案内されながら、大貴は、小声ながらキャアキャアとはしゃぐ女たちの声を耳にした。
 彼女たちの目は皆、大貴の傍らにいる庄領に釘付けになっている。
 そこは生バンドの演奏が流れるシックなバーだったが、何となくざわついた空気が生まれるのを感じ取り、大貴は溜息をついた。

(確かに……黙ってればイイ男だからな)

 隣に座った男の横顔をちらりと一瞥し、大貴は心の中でこっそりと呟いた。

──いや、違う。

 この顔で、あの声で囁かれたら、きっと女性はメロメロになってしまうだろう。
 そう思った途端、このバーに来たことを、大貴はすぐに後悔し始めた。
 倶楽部『ファロス』にしろ、先ほどまでいた矢萩屋にしろ、男だけの空間だったのだ。
 ミステリアスな庄領の雰囲気に呑み込まれて、すっかり忘れていたが、女性を意識した途端、大貴は自分のアレルギーを思い出した。
 急激に鼻がムズムズし始め、両目もだんだん痒くなってくる。

「うーっ……まいった」

 ぼそりと独白し、念のためにと持ってきておいた薬を、水で喉に流し込む。

「それは何の薬なんだ?」

 訝しげに問うた庄領に、大貴は「アレルギーの薬」と素直に答えていた。
 紳士的な態度の庄領は、自分を理解してくれる優しい大学教授のようにも感じられ、今はさほど警戒心も起こらない。

「酒と一緒に飲んでも大丈夫なのか?」

 ますます怪訝な顔をする庄領に、大貴はひらひらと片手を振って見せた。

「──大丈夫、大丈夫。
 今までも時々薬飲んでるし、その後『ファロス』でも普通に酒飲んでるから」

 それでも不審げな表情を崩さず、庄領は冷静に忠告した。

「悪酔いするかもしれない。
 矢萩屋でもかなりワインを飲んでいるんだ。
 これ以上、アルコールは控えた方がいい」

 予想外に生真面目な言葉に驚き、大貴は目を丸くしたが、急に笑いがこみ上げてきた。

「だから、平気だって。
 そんなに心配すんなよ──あんたらしくないぞ、千晴サマ」

 すると庄領は呆れたような溜息をつき、カウンターテーブルに頬杖を突いた。

「言っておくが、君のためだぞ。警告はしたからな」
「はいはい、判ってますって。
 だから、飲み直しましょうよ、千晴サマ」

 冷静な庄領の警告もまったく耳に入らず、大貴はくすくすと笑い続けていた。

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今夜、あなたの猫になる【11】

今夜、あなたの猫になる

 他のメンバーに『猫』の素顔を見られないよう、裏口に通じる階段を降りた大貴は、出口に目を向けた途端、その場に立ちすくんだ。
 裏口とは言え、実家の玄関よりも広くて立派なドアの前の石柱に、モデルのように完璧な容姿の男が、腕組みをして寄りかかっている。
 うつむいて眠っているようにも見えたが、庄領はすぐに顔を上げ、怜悧な眼差しを大貴に向けた。
 冷たく、素っ気なく対応しようと考えていたにも関わらず、見つめられた瞬間、大貴は不可解な雰囲気に呑み込まれてしまった。

「……すみません。遅くなりました」

 頭が真っ白になり、大貴の口からは、極めて平凡な言葉が飛び出していた。

「──いや。私も来たばかりだ」

 また嫌味や皮肉を言われるかと思ったが、庄領は大貴の顔をじっと見つめたまま、静かな声でそう告げた。
 ところが、居たたまれなくなるほど長々と凝視されると、大貴はまごついてそっぽ向いた。
 庄領の双眸に敵愾心でもあれば、遠慮無く睨み返せるのだが、今はそれが全く感じられない。
 観察されているわけでもない。だから、困った。

(……そんな目で、見るなよ)

 思いがけず、優しく柔らかな瞳で見つめられてしまい、大貴は面食らっていた。
 さほど人見知りをする方ではないが、会話の糸口さえ見つけられず、黙り込んでしまう。
 その時──。

「君の名前は?」

 そう訊ねられ、大貴は「え?」と顔を上げた。
 すると庄領は、ふっと口許に穏やかな微笑を刻み、茫然としている大貴に言った。

「私は、君の名前を知らない。そういうルールだからな。
 だから、君の名前を教えてほしい」

 瞬きをした大貴は、一歩前に踏み出してきた庄領を見上げた。

「……秋永……大貴です」

 口ごもりながら名乗った大貴は、黒瞳を細めた庄領の顔をぼんやりと見つめていた。
 何度か顔を合わせているが、この男は、こんなにも背が高かっただろうか──?
 急に自分が無力になったように感じ、大貴は視線をそらした。
 すると庄領は、いたって紳士的な態度で、大貴を出口の方へと促した。

「外に車を待たせてある。
 話は食事をしながらにしよう──おいで、大貴」

 名前を呼ばれた瞬間、背筋に奇妙な電流が走った。
 淡々と響く男の声は、どこか官能的な艶を帯びていて、鼓膜を心地良く震わせる。
 まるで魔法をかけられたように、ふらふらと運転手付きの高級車に乗り込んだ大貴は、行き先を告げる庄領の声で、ようやく我に返った。

「──あ、あの……どこへ?」

 いつの間にか隣に座っている庄領に驚きながら、大貴は緊張した声で問いかけた。

「私の馴染みの店だ。
 勝手に予約させてもらったが、君が気に入ってくれれば嬉しい」

 ゆったりとリラックスしている庄領の横で、大貴は全身をガチガチに強張らせていた。

(…や…やっぱり……調子が狂う)

 こうして会う前は、「喧嘩上等!」と意気込んでいたが、顔を合わせた途端、あっけなく男のペースに巻き込まれてしまった。
 こんな訳の判らない感覚を味わうのは、これで三度目だった。
 すると庄領は、余裕を失っている大貴に流し目を向け、からかうように言った。

「どうした? 君らしくもない。
 いつも私にじゃれついてきていたのに、今日は大人しいな」

 その言葉を聞き、大貴は、男からは見えない側の唇を引きつらせた。

(……『じゃれる』って、あれがそんなに可愛いものだったのかよ?)

 どんな嫌がらせをしても、庄領から見れば、取るに足らないものだったのかもしれない。
 そう思った途端、急に気が抜けた。

「──何か、落ち着かないんです」

 とりあえず、ここで意地を張っても仕方ないと思い直し、大貴は正直に答えた。
 その言葉を聞いて、庄領はひどく謎めいたアルカイックスマイルを浮かべた。

「借りてきた猫というわけか。
 いつもの『猫』の仮面が無いと、調子が出ないんだろう?」
「そういうわけじゃ……」

 指摘され、思わず顔に手を当てていた大貴は、ぎくりとした。
 ぼーっと放心している間に、庄領はじっくり観察することができただろう。
 地下鉄で出会った洟垂れ顔の痴漢が、『猫』の仮面を付けていた大貴だったと、確信しただろうか。

(……しまった。ボケ過ぎだろ、俺)

 自分自身のうかつさに頭を抱えたくなった大貴は、ちらりと庄領の顔をうかがい見た。
 だが、男はぎくしゃくとした会話をそれなりに楽しんでいるのか、倶楽部『ファロス』の中で会っていた時よりも、ずっと和やかな表情をしている。
 地下鉄構内で見せた冷たく嘲るような微笑は、どこにも見当たらない。

「──仮面というのは、時に、自分自身でも知らなかった本性を暴き出す。
 そして、多くの場合、攻撃的な一面が顔を出すそうだ。
 たとえ別人を演じているつもりでも、本人の中に同じ顔が無ければ、演じきれるものではないからな」

 揶揄されているのかと思ったが、庄領の声にやはり皮肉の棘は無かった。
 大貴は「なるほど」と気の無い相づちを打ったが、男は気を悪くした様子も無く、さらに言葉を続けた。

「私は、君の素顔が知りたいだけだ。
 私を翻弄した『猫』がどんな顔をしているのか、興味があった。
 だから、今夜は気を楽にして、肩の力を抜けばいい」

 どうやら庄領は、地下鉄での一件を覚えていないらしい。
 彼にとっては大した出来事ではなかったため、忘れてしまったのだろうか。
 ほっと安堵しつつも、わずかにもやもやした気分を抱え込んだ大貴は、棘のある声で言い返した。

「でも、それって……何が面白いんですか?
 俺の顔は、もう十分見たでしょう。
 庄領さんに比べれば、俺はつまらない平凡な人間です」

 すると、庄領はくくっと喉を鳴らし、淫靡な艶のある黒瞳で大貴を見つめた。

「つまらない人間にかまけているほど、私は暇ではないよ、大貴」

 また名前を呼ばれると、腰骨の裏を舐め上げられるようなぞくりとした刺激を感じた。
 その感覚に狼狽え、大貴はきつい眼差しで庄領を睨みつけた。

「俺には……あなた方の事はよく判りません。
 『猫』をやってるのだって、慎一さんからしつこく誘われたからだし。
 バイト代が良かったから続けてますけど、別に男が好きだからじゃない。
 はっきり言って、男同士っていうのは理解不能です」

 すると、庄領は口を噤んで首を傾げ、ふっと憂いを帯びた溜息をついた。
 ほんの少し傷ついているような表情にも見え、大貴は焦った。
 性的マイノリティを差別するつもりは無かったのだが、無神経な言葉だっただろうか?

「……『慎一さん』、か。
 では、私の事も名前で呼んでくれないか?
 庄領さんでは、あまりに他人行儀というものだ」

(──そっちかよ!)

 どうやら、自分の心配は杞憂だったらしい。
 庄領の言葉を聞いて、心の中でツッコミを入れた大貴は、思わず苦笑いした。

「他人行儀って……まだ、全然他人じゃないですか。
 さっき会ったばっかりですよ、俺たち」

 その途端、男は、誰もがうっとりしてしまいそうな艶やかな微笑を浮かべた。

「君に会うために、『ファロス』に七日間通った。
 すでに他人だとは思えない。それに──」

 臆面もなくそう言った男は、ぎょっとしている大貴の前で自身の中指に口づけし、笑みを刻んだ唇から赤い舌を伸ばした。

「……君の『味』は、よく覚えている。今度は君が、私を知る番だ」

 庄領はその中指を伸ばし、硬直したまま動けないでいる大貴の唇に触れた。
 倶楽部『ファロス』の中で交わされた、二人だけの秘密──。
 ミステリアスな微笑を浮かべる男を、瞬きもできずに見返していた大貴は、その指が唇のあわいに滑り込もうとした瞬間、顔を真っ赤にしてその場から飛び退いた。

「……なっ、なっ…なっ、何すんだ、このド変態!」

 運転手に聞こえていても構わなかった。
 庄領からできるだけ遠ざかろうと、車のドアに背中を貼りつかせた大貴は、くつくつとおかしげに笑っている男を睨みつけた。

「セっ……セクハラで、訴えるぞ!」
「それは無粋だな。今夜は心おきなく、君を口説こうと思っていたんだが」

 色魔のごとく妖しい微笑みを浮かべた庄領を見返し、大貴は冷や汗が流れるのを感じた。
 貞操の、危機かもしれない──自分は何も知らず、のこのことケダモノの檻の中に入ってしまったのではないだろうか?


 車が停まったのは、意外にも街路樹や庭木の多い、閑静な住宅街だった。
 車から降り立った大貴は、辺りの風景を見回して、やや拍子抜けした。
 貧乏学生には敷居の高すぎる、高級ホテルの星付きレストランなどに連れて行かれるのではないかと緊張していたのだ。
 ドレスコードの厳しいレストランを想定していたのは嶺村も同じで、だからこそ誰からも文句を付けられないよう、スーツやネクタイ、靴にいたるまでコーディネートしてくれた。
 とはいえ、一言で住宅街とは言っても、ここは間違いなく高級住宅街だった。
 どの家も、緑の生け垣に囲まれた立派なお屋敷ばかりで、大貴が住んでいるような古びたアパートは一つも見当たらない。

「おいで、大貴。ここから少し歩くんだ」

 当たり前のように名前を呼んだ庄領は、勝手知ったる町のように、路地裏の静かな道を歩き始めた。
 その颯爽とした姿は、堂々たる邸宅が連なる街の中でも、全く見劣りがしない。
 まるで自宅へ帰る道を歩いているかのようにリラックスしていた。

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今夜、あなたの猫になる【10】

今夜、あなたの猫になる

 そして七日目の夜。
 来なければいいと願う大貴の思いも虚しく、庄領千晴は、倶楽部『ファロス』に現れた。
 スリーピースのスーツを身につけた庄領は、若きリアルリッチを体現していて、反感を抱く大貴の目から見ても、惚れ惚れしてしまうような男振りだった。
 日本人離れした風貌がそう思わせるのか、「貴族」という現代日本には存在しないモノのようにも見える。

 それに引き替え、自分は──。

(どうやって慎一さんは、こういう変な服を探し出してくるんだ?)

 昨夜の着ぐるみに比べれば、着心地は随分マシなのだが、もう少し普通の服を着させてほしいと、大貴は心底思った。
 古代ローマの人々が着ていたような白いトガ。
 半袖のアンダーシャツの上から、長いシーツをぐるぐる巻き付けたような衣裳は、どうやって着せられたのかも判らない複雑なシロモノだった。
 そして、顔には金色の猫仮面──どう見ても、仮装パーティのようでしかない。
「猫神様みたいだねえ」と嶺村は笑っていたが、彼の複雑怪奇な思考回路は、半年間傍にいても理解できなかった。

 昨夜飲めなかった分を取り戻すように、半ば自棄になりながら、大貴はチーズをつまみに赤ワインを飲んでいた。
 ロマネ・コンティとか何とか……以前、合コンで耳にした噂によれば、結構高いらしい。

(だいたい、どうして俺が、あいつと食事に行かなきゃならねーんだよ?)

 散々嫌がらせをしてやったというのに、そんな自分と一緒に食事をしたいと思う男の気が知れない。
 さっさと自分に見切りをつけてくれれば、こんなバカげた事にはならなかったのだ。
 そもそも、これまでは『猫』の仮面があったが、クラブハウスの外に行く時には、素顔をさらさねばならない。

(求愛していた『猫』が俺だって判ったら……あいつ、どうするんだ?)

 失望のあまり、また、嫌味な言葉を浴びせてくるのだろうか?
 そう考えた途端、一気に憂鬱になり、大貴は深い嘆息をもらした。

 その時、『猫』の特等席で一人静かに酒を飲んでいた庄領が立ち上がり、ガラスの檻に近づいてきた。
 大貴が胡乱な眼差しを向けると、男は軽く手招き、壁際に呼び寄せようとする。

「……何だよ?」

 渋々とベッドから降りた大貴は、きつい眼差しを庄領に向けたまま、腰に両手を当てて仁王立ちになった。
 何を言われても聞こえるはずはないが、対決姿勢だけは崩したくない。
 手淫でイカされた事は、恥辱になりこそすれ、親密になれるような行為ではなかった。
 ところが庄領は、威嚇を剥き出しにする大貴を、ただ静かに見つめているだけだった。
 目は口ほどに物を言うというが、男の双眸は何を考えているのかまるで判らない。
 だが、心の奥まで見透かされそうな気がして、大貴は戸惑った。
 恐らく、観察しているのだろう──求愛していた『猫』が、その仮面の裏に、どういう顔を隠しているのか……。
 ふとそんな事を想像し、強い視線の圧力に耐えきれなくなった大貴は、憮然とした表情で瞳をそらした。
 値踏みをされるのは、あまり良い気分ではない。
 庄領のような男から見れば、自分は面白味の無い平凡な学生だった。

「だけど……文句があるなら、慎一さんに言えよな」

 一度は断った大貴を、しつこく『猫』にスカウトしたのは嶺村なのだ。
 口の中でぼそりと呟き、もう一度視線を上げた大貴は、庄領の瞳に浮かんだ表情を見て、心臓がびくんと跳ねるのを感じた。
 先ほどまでが冷厳な観察眼だったなら、このミステリアスな眼差しは、視姦とでも言えるようなみだりがわしさだった。
 同じ顔形であるにも関わらず、一瞬にして中身が入れ替わったかのように、淫靡な雰囲気に変わっている。
 魅入られたように、男の黒瞳を見つめていた大貴は、頭の隅で微かに警鐘が鳴り響くのを聞いた。

 瞳をそらそうとしても、強い引力に絡め取られたように動けない。
 談話室で話をした時も、同じような状態に陥った。
 抵抗もできずに男の腕に捕らわれ、浅ましく淫悦を極めてしまったのだ。

 急に顔が赤くなるのを感じ、大貴は庄領の双眸から、強引に視線を引きはがそうとした。
 躰の中心に奇妙なほど熱が集まり始めている。
 ガラスの壁で遮られているから良いものの、万が一触れられでもしたら、どうなるか判らない。

 その時、庄領の片手がすいと上がり、大貴の顔の前で止まった。
 そのジェスチャーは、先日、大貴が彼を挑発して見せつけたものと同じ。
 拳の中指だけを立てた、ファックサインだった。
 大貴がぎょっとした途端、にやりと笑った庄領は、立てた中指に舌を這わせた。
 そのまま唇で指を咥え、唖然としている大貴の口許に、濡れた中指を押しつける。
 それが、「くたばれ」などという侮辱でないことは、瞬時に理解できた。
 もっと露骨で淫猥なメッセージを、庄領は伝えようとしている。

 仮面の下で、大貴の顔は発火したように熱くなっていた。
 談話室での出来事を揶揄されているのは、言葉で言われなくても伝わってくる。

(……この野郎……ふざけやがって!)

 ショックが薄れてくると、怒りがふつふつと湧き上がってきた。
 世にも稀な美形なだけに、憎らしいほど性悪に見える男の顔に、渾身の鉄拳を食らわしたくなる。
 握り締めた拳をぶるぶると震わせていた大貴は、怒りをつのらせながら、「覚えてろよ」と呟いた。

 この傲慢で恥知らずな男に、何としても仕返しをしてやらなければならない。
 何でも自分の思い通りにできると考えているなら、その思い上がりをぺしゃんこに叩き潰してやらなければ。

(──上等じゃねえか……あんたのプライドを、ずたずたに切り裂いてやる)

 考えてみると、二人きりで食事というのは、絶好の機会だった。
 瞳の中にほの暗い復讐の炎を閉じ込めた大貴は、唇の両端を無理矢理つり上げ、平然と笑って見せた。


 倶楽部『ファロス』でのゲームが始まってから七日間、ルール通り毎日通い詰めた『求愛者』の誘いを、『猫』は断ることができない。
 それまでは、ガラスの壁に守られ、気に入らない相手なら無理難題を吹っ掛けて遠ざけることもできたが、クラブハウスの外に出てしまえば、倶楽部内のルールは通用しなくなる。
 二人きりで会うとなれば、自分を守るのは自分自身だけだった。
 子供じみた復讐を誓いつつも、何が起こるか判らない不安にも苛まれていた大貴は、思わず鬱々とした溜息をついていた。
 すると、大きな鏡の前に大貴を座らせ、鼻歌を歌いながらヘアセットを整えていた嶺村が、吹き出すように笑う。

「そんなに暗い顔しないで。
 きっと美味しいご飯、お腹一杯食べさせてくれるから」
「……そういう問題じゃないんです」

 冷静になって考えてみると、やはり庄領を相手にするのは、自分には荷が重すぎるのではないかと、心に迷いが生じていた。
 彼は嶺村と同じ三十三歳だということだが、年齢だけを考えてみても、十二歳もの年の差がある。
 その年月の隔たりが、社会経験などの差となって、二人の間に歴然と横たわっているように感じた。

「心配しなくても、千晴は、君を強姦したりはしないよ。
 だから、気を楽にして……ね」

 嶺村が、恐ろしい事をさらっと言う。
 思わず顔をひきつらせた大貴は、無意識に首筋を撫でながら、鏡から視線をそらした。
 嶺村の言葉は当てにはならない。
 確かに強姦こそされていないが、倶楽部内であってはならないような、破廉恥な悪戯をされたのだ。
 最後は自分から刺激を求めてしまったから、嶺村にも言えなかっただけで──。

「──さてと。まあ、こんなものかな。
 そろそろ、千晴も迎えに来てる頃だね」

 どんな場所に行っても大貴が気後れしないよう、見るからに値の張りそうなスーツを準備していた嶺村は、最後に手ずからネクタイを締めた。

「ここまでめかし込まなきゃ、ダメなんですか?」

 うんざりして大貴がぼやくと、嶺村は面白がるように言った。

「最初のデートくらいは、オシャレしとかないと」
「──最初で最後ですから。
 どう考えたって、あの人とは気が合いません」

 他人にネクタイを締めてもらう気恥ずかしさに、大貴がそっぽ向いていると、嶺村はくすくす笑った。

「そうかなあ? 意外に気が合いそうだけどねえ、君たち」
「そんなわけないじゃないですか!」

 大貴がむきになって抗議すると、嶺村は双眸を細めて微笑み、締めたばかりのネクタイを自分の方へ引き寄せた。

「僕は、大ちゃんの事を気に入っているから、このままずっと『猫』でいてほしいんだけどね」

 視界一杯に広がった嶺村の顔にたじろぎ、大貴は思わず後退りしそうになった。

「こんな事で、辞めたりしませんよ。
 俺だって、生活かかってるんですから」

 嶺村の謎めいた言葉に、内心で首を傾げつつ、大貴はそう言い返した。

「──そう? なら良いけど。大変なんだよ、『猫』を探すのって。
 みんな、すぐに辞めちゃうからねえ」

 これほど割の良いアルバイトを、すぐに辞めてしまうというのは信じがたいが、もしかすると前任者たちは、余程酷い目に遭ったのかもしれない。

(……確かに、セクハラとか、ありそうだもんな)

 ガラスの檻から出た『猫』たちが、どういう被害を受けたのか、考えるだけでぞっとした。
 セクシャルな雰囲気に流されて許してしまったが、庄領が仕掛けてきたアレも、立派なわいせつ行為だった。

(だけど、俺は……あいつには絶対、負けねえからな。
 ギャフンと言わせてやる!)

 気を取り直した大貴は、拳を固め、心の中で高々と宣言した。

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今夜、あなたの猫になる【9】

今夜、あなたの猫になる

 刺々しい雰囲気を漂わせながら倶楽部『ファロス』のドアを抜けた大貴は、いつもより速歩でバーカウンターに近づいた。

「……慎一さん」

 美しいカットが施されたクリスタルのグラスを磨いている嶺村に、大貴は声を掛けた。
 振り返った嶺村は、大貴の顔つきを見て、驚いたように目を瞠った。

「不機嫌そうな顔だね、大ちゃん。
 もしかして、また痴漢に襲われたの?」
「またって何ですか、またって……。
 男の俺が痴漢に遭うなんて、もう二度と無いですよ。
 縁起の悪いこと、言わないで下さい」

 憮然とした顔で言い返した大貴は、いつものスツールには座らず、そのままカウンターテーブルに身を乗り出した。
 しばらく沈黙したまま、こつこつとグラスを磨く嶺村をじっと観察する。
 大貴より数センチほど背が高いものの、ほっそりとした嶺村は、「観音様」と呼ばれるに相応しい中性的な容姿をしていた。
 肌理の細かい肌は色白で美しく、唇もほんのりと赤く色づいている。
 形の良い唇から時々飛び出す下品な言葉さえ気にしなければ、同性とは思えないような美人だった。
 一大決心が鈍らないうちに、大貴は重大な用件を切り出した。

「それより、慎一さんにお願いがあるんです」
「──お願い? 何だい?」

 グラスを片付けた嶺村が、もの柔らかな微笑みを浮かべたまま首を傾げる。
 その優しい顔から目をそらさないようにしながら、大貴は思い切って告げた。

「俺にキスしてください」
「……はい?」

 あまりにも唐突な言葉に、さすがの嶺村も面食らったのか、長い睫毛を瞬かせた。

「だから……俺に、キスしてくれませんか、慎一さん」

 もう一度、はっきりとした口調で大貴がそう告げると、嶺村は吹き出して笑い始めた。

「何を言い出すかと思えば……熱でもあるの、大ちゃん?」
「笑うことないじゃないですか。俺はいたって真剣なんです」

 むっとして大貴が言い返すと、嶺村は腹を抱えて笑いながら、耐えられないとでも言うようにテーブルを拳で叩いた。

「真剣ってさ……そんな怖い顔で言われても……」

 苦しげに息を喘がせながら笑っていた嶺村は、ようやく笑いを収めると、涙ぐんだ瞳で大貴を見返した。

「キスはいいけど──どうして急に?
 あんなに嫌がっていたじゃないか、ノンケだからって」
「どうもこうも……慎一さんなら、ちょっと良いかなって……」

 大貴が思わず口ごもると、カウンターに頬杖を突いた嶺村は、悪戯っぽく双眸を細めた。

「こっちに来る気になったんだ。
 だから僕で、とりあえず試してみようかってこと?」
「そういうわけじゃ……ないんですけど……」

 半分外れで、半分正解。
 後ろめたさを感じて瞳をそらすと、嶺村の指先が、大貴の顎をついと仰向かせた。

「いいよ、キスしてみようか。
 思いっきり、ディープなヤツを、たっぷりと……」

 艶然と微笑んだ嶺村に怯み、大貴は腰が引けて、仰け反りそうになった。

「……ディ、ディープ?」

 思わず顔を引きつらせると、嶺村は親指の腹で大貴の下唇をなぞり、白皙の美貌を寄せながら囁いた。

「子供じゃないんだから、唇にチューだけなんて、思ってないよねえ?」

「……え? ええ……まあ、そうですよねえ。
 大人ですもんねえ、俺たち」

 内心の動揺を慌ててごまかしながらも、大貴の顔は青ざめた。
 本当は、唇にチューだけで良かったのだが……いまさら、後には引けない。
 自分から頼み込んだ事とはいえ、いざ禁断の扉を開ける瞬間になると、全身がガチガチに緊張してしまった。

(……は、早まったんじゃないのか、俺!?)

 瞼をぎゅっと瞑ったまま棒立ちになっていた大貴は、吐息が唇に触れた途端、激しい違和感に苛まれた。
 死にもの狂いで拳を握り締めなければ、危うく嶺村を突き飛ばしそうになった。
 ところが、実際に唇に触れたのは、水の入った冷たいグラスだった。

「バカだねえ、大ちゃん。
 倶楽部内で『猫』に手出しはできないルールだって、教えただろう?
 それに、『求愛者』がいる『猫』にキスをするなんて、もっとマナー違反だ」

 優雅に頬杖をついた嶺村はくすくすと笑い、呆気に取られている大貴をじっと見つめた。

「そんなに男とキスがしたいなら、千晴に頼めばいいじゃないか。
 『猫』のリクエストなら、『求愛者』は応える義務がある。
 要求に応えられないなら、ゲームオーバーになるだけだし」
「あの人は……何か、嫌なんです」

 むっつりと呟いた大貴は、はあっと盛大な溜息をついて、頭を横に振って見せた。

「すみません、慎一さん。今の、忘れてください」
「せっかくの大ちゃんからのお誘いを、断るのは辛かったんだけどねえ。
 だけど理事長の僕が、ルールを破るわけにはいかないじゃないか」

 からかうように言った嶺村は、カウンターの下に身を屈め、大きな紙袋を取り出した。

「そうそう……今日は、これね」

 いつものように『猫』の衣裳が入っているはずだが、今日の紙袋は呆れるほど大きく、中身が溢れ出すほど嵩張っていた。
 怪訝に思いながら、大貴が袋の中身を取り出してみると、モフモフとした感触の着ぐるみが出てきた。

「──なっ……何ですか、これ?」

 唖然として訊ねると、嶺村はくすくすと笑った。

「昨日、大ちゃんが着ていた服に、クレームが入ったんだよ。
 あまりにも扇情的すぎて、けしからんってね。
 大ちゃんが色っぽく千晴を誘惑したから、余計だろうねえ」
「……本当に……申し訳ありませんでした」

 シャンパンに酔った勢いでやらかしてしまったが、あの行動が、倶楽部の品位を貶めているとメンバーに思われたのかもしれない。
 基本的に、この倶楽部『ファロス』には、紳士的な人たちが集まっている。
 一年間のアルバイトとはいえ、『猫』になる条件の中にも、「館内の雰囲気を壊さない事」とあるのだ。
 自分の失敗にしょげ返っている大貴に、嶺村は明るい声で言った。

「僕は別に気にならなかったけど、一人だけね。
 理事の一人だから、無視するわけにもいかないし。
 そういうわけだから、今日はコレで。
 この衣裳、そのクレーマーからの注文だから、今日一日は我慢してくれないかな。
 被り物もあるから、今日は仮面を付けなくてもいいよ」

 最後にテーブルの上に置かれたのは、頭部をすっぽりと覆うような、大きな猫の顔だった。



 これはいったい、どういう罰ゲームなのか──?
 猫の着ぐるみの中で考え込んでいた大貴は、蒸し暑さに音を上げそうになった。
 ガラス部屋の中は適温に保たれているが、通気性の悪い着ぐるみの中に押し込められていると、だんだん息苦しくなってくる。
 外の様子はほとんどうかがい知れないが、さぞやメンバーたちの笑いものになっているだろう。

(ムカつく……ってか、誰だよ、こんなモノ持って来やがったヤツは……)

 某巨大テーマパークのキャラクターたち──その中にいる人たちの苦労を実感しながら、大貴は溜息をついた。
 何とか躰を起こし、部屋の外に出たいと、ガラスのドアを叩く。
 大貴の意思表示を察して、すぐにボーイがドアを開けてくれた。

「……ちょっと、トイレ行ってくる」

 裏方に回った大貴は、ボーイに手伝ってもらいながら、ようやく着ぐるみから脱出した。
 従業員用のトイレに入り、汗をかいた顔を洗った大貴は、大きな鏡に映った自分の顔を睨みつけた。

(やっぱり……慎一さんじゃダメか?)

 嶺村が言ったように、彼にキスを迫ったのは、男相手に自分がどう感じるのか、試したかったから。
 中性的な嶺村が相手なら、同性という嫌悪感が薄れるのではないかと考えていたが、大貴の躰は本能的に彼を拒絶していた。
 微妙な違和感──言葉にすれば「なんかダメ」という感覚。
 だが、男相手がダメというなら、どうして、庄領の愛撫にあんなにも反応してしまったのか判らない。

(それとも、まだ、あんまり溜まってないせいか?)

 すっきりしてしまった翌日だから、肉体が正常な本能に従って、男を拒否したのだろうか?
 そもそも自分はノンケで、男には興味無いのだから、その可能性は十分にあり得る。
 着ぐるみに戻りたくないということもあり、トイレの個室に引きこもったままうだうだ考え込んでいると、遠慮がちにドアがノックされた。

「大ちゃん、大丈夫? 倒れてない?」

 嶺村の声で我に返った大貴は、慌てて便座から立ち上がった。

「すみません──ちょっと暑くて、頭がぼーっとしてました」

 これは嘘ではない。
 すると、わざわざ大貴の様子を見に来たらしい嶺村は、心配げな顔になり、「やっぱり暑いよねえ」と呟いた。

「しばらく、外で休んでていいよ。千晴には、体調不良だって言っておくから」
「まさか……もう来てたんですか、庄領さん?」

 あの不格好な着ぐるみ姿を見られたのだろうか? 
 大貴が顔を引きつらせると、嶺村は首を縦に振って、くつくつと笑った。

「君に何かあったんじゃないかって、心配していたよ。
 出て行ったきり、帰って来ないからさ」

 大貴は思わず顔を歪め、自嘲的に笑った。

(あいつの場合、心配してるわけじゃねーよなあ。
 おバカな見世物が無くなって、つまんなくなっただけじゃないのかよ?)

 ひがみっぽく考えると、それでまた気分が悪くなる。
 そんな男に、どうしてろくに抵抗もせず身を任せてしまったのかと、今さらながらに自分を不甲斐なく思った。

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